どっしりと、たくましく。新たなる挑戦へ。
− 2006年新春の決意に代えて −
■戦後60年目は時代の分水嶺
戦後60年目となった昨年は、わが国にとっても、北九州市にとっても、そして私自身にとっても、後々振り返った際に時代の変わり目だったと思い出すことになる年でした。日本の人口がピークに達し、翌年から人口減少が始まった昨年は、そのこと自体が日本の歴史始まって以来の大事件でした。福岡県西方沖地震や、福岡の自衛隊のイラク派遣など、福岡県に暮らす私たちにとっても他人事ではない出来事も続きました。
政治も時代の分かれ道でした。良い意味でも悪い意味でもわかりやすくなった反面、政策の優先順位はめちゃめちゃになってしまい、見掛け倒しの改革論議ばかりが横行する状況になってしまいました。
■1年9ヶ月、新人議員として働く
そんな中で、私きいたかしは、衆議院が解散になる8月までの1年9ヶ月、足りぬ部分は多々ありましたが、現職代議士としての職責を全うさせていただきました。主に、衆議院文部科学委員会委員として、教育問題を中心に取り組みました。また、納税者・消費者・患者の立場に立った税金・保険料のムダづかいの追及や政策立案にも民主党の若い仲間とともに取り組みました。
■解散総選挙、そして敗戦
そして迎えた解散総選挙。超短期決戦、「小泉劇場」の突風が吹き荒れる中で、皆様から本当に多くのご支援を賜りました。巷の下馬評とは裏腹に、どんなにがんばっても水面に届かないような息苦しい状況がずっと続き、結局敗れてしまいました。さまざまな状況があったにせよ、一義的に、私自身の力不足が敗因であったことは否めません。
9月の総選挙での落選後、出処進退について考えました。もう一度頑張って国政で役に立ちたいというのが私の結論でした。改めて国政で働く機会をいただくべく、再始動いたしました。親しんだ事務所の仲間とも別れ、財政的にも厳しい中での再出発。多くの支援者の皆様から物心両面で支えていただき、少しずつ改めての戦いに向けた備えを積み重ねております。これまで応援していただいている皆様に無理を申し上げたり、不義理をしたりしており、本当に申し訳なく思っています。
■耳を澄まして元気が出る提案・対案を
今一度有権者の皆様からご信頼いただいて国政を担わせていただくために、今の私に最も必要なのは、経験からくるドッシリ感だと思っています。それを身につけるために、暮らしのため息にきちんと耳を澄ますこと、徹底した提案と対案で議論することに、今年も徹底して取り組みます。
■燦々と輝く日本の再生に向けて
私自身も今年で33歳。燦々と輝く「怒れる団塊ジュニア世代」の一人として、これから燦々と輝く日本の再生、北九州の元気発信に取り組んでまいりたいと思います。今後とも、より一層のご指導ご鞭撻を、よろしくお願い申し上げます。
(※2006年新春のメッセージに同内容を掲載しました)
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