◆第4回◆ keabo さん
城井君とは大学の同期で、1年目に学生寮の同居人だったことから付き合いが始まりました。
学生時代の彼の印象は、「よく勉強するな」と
「大人びたものの言い方をする人だな」でした。
とにかくよく本を読み、よくワープロでレポートを
書いていた記憶があります(横で僕は遊んでました)。
「大人びた」印象は、彼が僕よりも2歳年上だったことが大きいのでしょうが、世間知らずで感情的な当時の僕はしばしば彼のアドバイスに助けられました。
彼の言葉で今でも鮮明に覚えているのは「器」の話です。「最初は誰でも器が小さいから、水を入れるとすぐ溢れてしまう。だから少しずつ器を大きくして、入る水の量を増やすしかないんだ」とかいう話ですが、この言葉は今でも行き詰ったときに思い出しますし、知人に助言するときにも使わさせてもらっています。
また、学生時代の彼は、良く言えば強い信念を持った、悪く言えば理想家だった気がしますが、大学院に進学せずに松下政経塾に入り、沖縄や京都での精力的な活動を経たことで、理想論だけでなく地に足のついた考え方も身につけたような気がします(僕がえらそうに言うことではありませんが)。
僕自身は政治の道とは大分違う道を歩んでいますが、
城井君が理想的かつ大局的な信念を失わずに、それでいて地元に密着した活動も怠ることなく、10年20年先の政治を担うような人材になることを期待しています。
最後に、この間は多忙な中、僕の結婚式の司会を快く引き受けてくれてありがとう。いい思い出になりました。それと、偉くなったら赤坂でおいしいもの奢ってね(笑)。
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◆番外編◆ ヤマネ さん
立ち消えたかと思われたリレー連載ですが。
私は「横顔」など知らないと思うし、おそらく描かないことになりそうなので、「番外編」として続けます。
彼の同期や後輩(おそらくひっそり覗いているんだろう)が第4回を受け持ってくれるでしょう。
私は彼の大学時代の、一応「先輩」みたいなもので、
同じ担当教官についておりました。
「先輩」とは名ばかりで、相当お世話になったものです。
とにかく城井君が勉強熱心であることは確かです。
他の人のHPにリンクされていたのがきっかけで、
ここに寄り、ちょくちょく拝見するようになりました。
頑張っているのだなあ、と、ほっとしている次第です。
彼の長所や短所に関して率直に言うと、
多分城井君が泣いてしまうので(ははは)、
もう言いませんが、
大変な状況のもと、大きく成長してくれることを期待しています。
(という意味で、「番外編」ね。)
お互い頑張りましょう。
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◆第3回◆ やまぐち よしこ さん
私と彼の出会いは12年前、高校時代のことです。私は彼より一年年下でした。
私が高校に入学してしばらく経ったとき、私の幼なじみが新聞部に出入りをしていて、そのひとから「たいへんまじめで、でも遊び心を忘れない、秀才くん」の話を聞きました。それが城井崇でした。
進学校にあって、あほまるだしの私を敬遠もせず、趣味の領域(バンドなど)でもいろいろ面倒を見ていただきました。私生活でもさまざまに苦労があったと思いますが、自分の意思を貫く「心の強い人」でした。それでいて、自分を押し付けない、本当に人を思いやる「キモチのやさしい人」でした。
その後私たちはそれぞれの人生を歩み、それぞれの政治理念を持ちましたが、なぜか今でも彼は私と遊んでくれます。私に時間がないときは、新幹線で一駅移動する間だけ会ってくれたこともありました。つらいといわない人ですが、それだけにいつも心配です。
昔からひとつだけどうしても気になっていることがあります。それは、「城井崇という男は優しすぎる」ということです。あっちを立てればこっちが立たない政治の世界で、彼の優しさが彼自身を追い詰めないか、それだけが心配です。ただ、それだけです。
<つづく!>・・・誰に?
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◆第2回◆ のぶ☆よしたか(延☆嘉隆) さん
花ちゃんの連載企画、同じく本人未公認で書き込みさせて頂きます。
私と彼との出会いは数年前、彼がまだ松下政経塾生の頃でした。事務所の同僚である、政策秘書の植木博士氏に内線で植木氏の部屋に呼ばれて行ってみると、そこに城井君がいました。なんでも、松下の先輩である植木氏に卒塾後の政治とのかかわり方についての相談にきているとのことでした。
植木氏は、私が同年代であり、同じ福岡の出身ということで城井君の今後についてアドバイスをして欲しいとのことで、私を城井君に紹介しました。
その時に、何を話したのかは詳細には覚えていません。ただ、彼のライフワークが安全保障であり、そのことについて話をしたことを覚えています。
その後、城井君は、前原先生の秘書として京都で過ごし、お互い仕事で行き来する時には、僅かな時間をさいて会うようになりました。
そんな彼と議論すると、政策的な部分に関しては、さほど違わないということが多々ありました。ただ、お互いが所属する政党が違うせいか、方法論に関しては微妙な差異もありました。
その差異というのは、おそらく、この掲示板で小倉北区民さんがご指摘のところだと思います。地域の代表者として地域の声に耳を傾ける時と、国政を担う人間としての国という単位でモノを考える時に、全てが上手く折り合うということはほとんどありません。時間軸のズレと言ってもいいでしょう。
地域においては、生活者から解決を急ぐ生の声が飛び込んでくる。一方、国家という観点からは、財政難という長期的課題に直面する。
彼が日記の中でも記述してますが、そんな差異を考えるべく政援隊の企画として、偶然、公認が決まった日に農政連幹部との意見交換会を行いました。
補助を基本とする農政の考え方を、社会構造の変化、効率性、また安全保障、食文化という側面からも考え、具体的に何を農業従事者に提示して、行政側はどうすべきなのかということを具体的に模索するための会です。
小倉北区民さんがご指摘の通り、彼は理想家な一面も持っています。しかし、一方で、どんなところにも飛び込んで、彼自身の皮膚感覚で実際に見聞きし、次の世代に責任を持つためにはどうするのかということに苦悩し提示するリアリストの一面を持っています。
ただそのためには若干時間がかかります。互いに所属する政党は違いますが、原理原則論を貫こうとする城井君と、超現実主義者の私が議論し、具体策を模索することが、福岡の、そして、この国の将来に責任を持つことだと信じています。
そんな彼のタイプは矢田亜希子のはずです。こんなことを書いたぐらいでは、彼はこの書き込みを削除するような人間ではありません。多分。
立場は違いますが、よき同士でありライバルである城井君の健闘を祈ります。
のぶ☆よしたか@正統派異端系
http://www.nobuyoshitaka.com
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◆第1回◆ 花ちゃん さん
私と彼の出会いはおよそ8年前の予備校時代です。
当時はお互い顔と名前を知っているという程度だったのですが、彼は、当時から印象通りのまじめな青年でした。
彼の性格が本当に良くわかったのは、大学時代です。
私の身の上に困った問題が起き、深夜に電話して彼に相談に乗ってもらったりしたこともしばしば。
彼は、嫌な顔(声)ひとつしないで話を聞いてくれました。
みさんは、もうご存知かと思いますが、城井崇は、そんな情に厚い男です。
大学時代は、私の女子大の友達もみんな城井さんを慕い、尊敬すらしておりました。
その気持ちは、今でも変わらず、みんな今回の城井さんのニュースをとても喜んでおります。
なんとなく勢いで友達になったようなきっかけで、付き合いが始まり、不思議と現在に至り、気が付けば私の夫まで城井さんの飲み仲間になっておりますが、
なんでも気兼ねなく城井さんに相談できたのは、彼の人柄と、同じ北九州人という気持ちからだったような気がします。
大学時代にも、時々覗かせていた意志の強い横顔。
「“よき指導者”である為に、この場合どちらを選択しなければならないか」と、友達と議論しているときに見せた少し寂しげな横顔。
どちらも、私が尊敬する城井さんの大好きな横顔です。
これからも応援しています。
そして、また・・・一緒にカラオケでTM歌おうね。
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